コミュニティにおいて「承認」がもたらす効果

コミュニティにおいて「承認」がもたらす効果

こんにちは。長田(@SsfRn)です。

先日、mint主催で「共創コミュニティラボ」というイベントを開催しました。

当日はたくさんのコミュニティ実践者の皆さんが集まってくれて、みんなでコミュニティやファンとの共創について考えていきました。

mintをつくったたむけんさん(@tamuken)からは、熱狂を生むフレームワークを紹介していただいたのですが、その内容が興味深かったので、本記事で考えてみたいと思います。

■共創コミュニティラボについてはこちら

「熱狂」を生むには「承認」が必要

そのフレームワークというのが、上記の画像のスライドになります。

たむけんさん曰く、どんなフラットなコミュニティであっても、オーナー・運営が存在する以上、この図が成り立つといいます。

形は様々ですが、運営がメンバーを承認することがとても大切とのことで、それがあるからこそ、コミュニティに対して安心感を感じ、居場所になっていくとのこと。

「ここにいてもいいんだよ」というメッセージは、確かに一種の承認だし、その通りだなと納得。Slackにおいてのスタンプや返信という行為も、ある種の承認なんですよね。

どうやら、僕は承認という行為をしている自覚なく、やっていたようです。そう振り返った時、大事になる考え方として頭をよぎったのは、「承認していこう」とするのではなく、結果として承認していたぐらいがちょうどいいんじゃないかな?ということです。

「承認しよう」となると、どうしても無理が生じる気がしていて、「どうすれば安心して楽しんでもらえるか?」ってところ考えていくのが大事なんじゃないかなと。そのために承認が必要になってくるので、結果として承認することになるのですが、どこに重きを置くかで対応の仕方も変わってくるような気がします。

要は、「承認の捉え方を間違えないようにしましょう」ということなのかなと。

いかに「自然」にできるか

以前もこの話をしているかもしれませんが、コミュニティにおいて「自然」「無作為」というのはとても大事なキーワードだと思っています。

「そもそも、コミュニティって自然にできるもの」という議論がコミュニティ関係者の中であるのですが、それは僕も同意なんですよね。

だって、人間関係を意図的につくる人ってあまりいないじゃないですか?つくれる人もいるかもしれませんが、そんなに深い仲になることってそうそうない。そうじゃなくて、人間関係はつくるものではなく、生まれるもの。という考え方がちょうどいいと思うんです。

だとしたら、関係性の集合体であるコミュニティも、同じように「自然」であった方がいいよなぁと考えています。

「メンバーが違和感を感じずに、活動できるか?」

つまりはここに集約されると思います。メンバーそれぞれの根本の思いの部分を無視した、メンバー視点に立っていないコミュニティ施策がうまくいくのはとても難しいのかなと。

最適解かはまだ僕自身もわかっていないので、今後も考えていきたいなと思います。

最後に

「コミュニティは生き物」

そんなフレーズはいまだに聞きますし、僕も時々使います。それほどコミュニティはまだまだ未知数なものだし、コミュニティにおいて大事になる「思い」を人の手によって作ることはできないと思います。

特に、ハード面や仕組みからアプローチしていく場合ほど、この事実は忘れずにしていった方がいいなぁと思った1日でした。

それでは!