フラットじゃないコミュニティって存在するのか?

フラットじゃないコミュニティって存在するのか?

こんにちは。長田(@SsfRn)です。

コミュニティの活動をしていると、「1対nのコミュニティ」「n対nのコミュニティ」という話をよく耳にします。これはどういうことかというと、1対nが影響力の強い人に対して人が集まり、ヒエラルキーがあるということ。かたや、n対nはヒエラルキーは存在せず、フラットな相互の関係性ができているということ。

この両者は頻繁に比較対象としてあげられていて、コミュニティをやったことがある方であれば、一度は耳にしたことがあると思います。

あー確かにね、と納得していましたが、ふとこんなことを考えたんです。

「フラットじゃないコミュニティって、それ本当にコミュニティ?」

と。

 

 

コミュニティにおける基盤とは

現在、コミュニティはどんどん数が増加していて、その種類も様々なものが生まれています。

1つのテーマに集まるものもあれば
年代や性別で集まるものもあるし
同じ悩みを持って集まったり
サービスのユーザーで集まり
尊敬する人が旗印となりそこに集まることも。

本当に多種多様なコミュニティが生まれていて、その動きはとても興味深く拝見しております。

そんな中、考えていたことはコミュニティに対して、普遍的に存在する基盤とはなんなのでしょうか?ということ。

僕はそれが「n対nの関係性」だと考えています。

冒頭に説明した通り、n対nとはフラットな関係性を示しており、この基盤がないとそもそもコミュニティというものは機能しないのではないかと考えていて、一見「1対n」に見えるコミュニティも、実は地盤にこの関係性が構築されているような気がしています。

もし、一方的に発信をする人がいて、ほとんどの方が受信だけするような集まりっぽいものは、もはやコミュニティと呼ばず、”メルマガ”になるのかなと。

横のフラットなつながりをつくること、これがない集まりは「コミュニティ」と呼べないのではないでしょうか?

 

 

目を向けるのは、活用法ではなく土台

コミュニティはこう使える!みたいな活用法の話って、マーケティング文脈でコミュニティに関わる人の中でよく出てくる話題かと思います。

僕の肌感ですが、そういう話題をしがちな方に限って、土台部分がしっかり構築できていなかったりするのかなと思っています。前半にお話した、基盤の話をすっぽかして、人が集まったらそれをどうサービスに役立てられるのか?みたいな考えにいきがち。

そうではなく、目を向けていくべきは土台部分。コミュニティはあくまで「側」の部分であるというお話を、以前させていただきましたが、この話とも通ずるところかなと思いました。

とはいえ、確かに活用法の方がSNS等で目立つことも重々承知しています。コミュニティのわくわくする部分は、まさにそこだと思いますし。だからこそ、そこで流されない自分自身の土台をつくること、これも大事だなと。

コミュニティの土台部分をしっかり築き上げられるかどうかは、運営側の器量と土台に比例しているのかもしれないなぁと感じています。

 

 

最後に

今回は、コミュニティの土台について話していきました。

そんな根本の部分を、リアルな場で話す機会を用意しています。

それがこの「新しいコミュニティの作り方ーn対nのフラットなコミュニティを模索するー」です。僕を含めた4人の登壇者が、フラットなコミュニティについて、実体験に基づいてお話させていただきます。

もしご都合がつく方がいらっしゃったら、ぜひ足を運んでいただければと思います。

それでは!