孤独なひとほど発信すべきだと思う理由

孤独なひとほど発信すべきだと思う理由

こんにちは。長田(@SsfRn)です。

ふと思ったんです。

人は人とのつながりを求めているけれど、それを露骨に求めている人ほど、つながりを持てていないんじゃないかなと。

でも、確実につながりが多い人って存在しますよね。ここでは何が違うのだろうか?と考えてみたので、本日はそんなお話を。

 

 

今の時代孤独を感じやすい

今なぜコミュニティが流行っているのか?

その理由のひとつに「孤独を感じるから」というものがあると思います。

これまでコミュニティとして機能していた「家族」「会社」で感じていたはずの安心感が、年々薄まっていると思います。

だからこそ、違うところでそれを求めているのかなと。

コミュニティという場所でそれを満たせているひとはいいですが、みんながみんなそれが可能な訳ではないので、まだまだ孤独を感じているひとが多いと思うんです。

現代は、孤独が隣り合わせな状況なのかもしれません。

 

 

質の高いつながりは発信から生まれる

さて、冒頭に話したこの2人の違い、それって一体なんなのでしょうか?

そのひとつの答えに、僕はこの鳥井さんのブログが参考になると思っています。

ここではこんな一文が。

これまでの時代は、ある一定の集団の中で“和を成す”ために、否応なしにまわりの目線や声を気にする必要がありました。でも、今は違います。本当の意味で“和を成す”ために、まわりの声よりも、自分の心の声に「敏感」になったほうがいいんです。そのほうが本当の仲間を見つけられるようになる。

周りの声ではなく、自分の声に敏感になった方が、人とつながれる。

周りとどうコミュニケーションを取るかを考えるよりも、自分がどうありたいのか?を曝け出す方が、人とつながれるということですね。

実際、僕も自分のコアな部分である、「好き」という感情や、「価値観」を外へ発信するほど、つながる人が増えた気がします。それも、ただただ人とつながるのではなく、コアな部分を理解し合いつながれた。

ざっくり言うならば、質の高いつながりができた。これがとても大きな成果だと思っています。

 

孤独を感じるときほどやりがちなのは、相手に合わせたコミュニケーションをしてしまうこと。でもそれだと、先ほどの鳥井さんの話でいう「周りの声に敏感」な状態。

それでは、きっと本質的な改善はできないのだと思います。

そうではなく、孤独を感じる人は、自分と向き合い、自分の想いや好きを発信した方がいい。

それはどういった形でもいいのだと思うんです。

文章だろうが、音声だろうが、直接だろうが、なんでもいい。

そこで生まれたつながりは、間違いなく質の高いものになると思います。なんでも話し合えたり、ふとした時に会いえたり、今この瞬間で終わらないつながり。

今の時代、そんなつながりの重要性がどんどん上がっていると思うので、それを得られたひとはきっと安定的に活動できていくんだと思います。

 

 

最後に

今日こんなツイートをしてみました。

自分を整えること。

そのひとつがこの「孤独を感じにくい環境をつくること」になるのかなと。

ちょっと無理やり感もありますが、こういうところにもコアな部分を曝け出す理由がありそうです。

それでは!