コミュニティの楽しいところは、正解がないところ

コミュニティの楽しいところは、正解がないところ

こんにちは。長田(@SsfRn)です。

時々、こんな質問を受けるんです。

「なんでこんなにモチベーション高く、コミュニティの活動ができるんですか?」と。

様々な要因はあるのですが、そのうちのひとつとして、「コミュニティには正解がないところ」だなぁと思っています。

僕はこれが正解だからその通りに全てやってね!みたいなことが苦手で、正解不正解の世界の中であんまり生きていたくないなぁと思ったりします。

そういうところもあり、このコミュニティの世界がとても心地よいのかなと。

本日はそんなお話を。

 

 

コミュニティには正解がない

そもそもの前提として、コミュニティには正解がないよ!というお話から。

多くの人がコミュニティに関しての情報を、ブログやTwitter、イベント等でアウトプットしています。しかし、なかなかコミュニティに対する「正解」を示している人はいないように感じます。それは僕も含めです。

こういうことを言うと、「いやいやじゃあなんで仕事にできてんの?」とか言われることがありますが、それは掴むべきポイントがあるだけなんです。

要所要所の大事なポイントをしっかり実行すれば、ある程度形になるのは事実です。

しかし、それはあくまでポイントなので、ほとんどの箇所が余白だらけなんですね。

その余白を埋めることが、これまでの組織論では必要だったのかもしれませんが、コミュニティの場合、この余白を保つこともひとつのポイントなのです。

その余白の中で、どうコミュニティを形にしていくか?これが肝なところなので、コミュニティには正解がないんですね。

 

 

正解がないからこそコミュニティはおもしろい

そんなコミュニティだからこそ、僕はとても魅力を感じます。

もし、正解だらけで、正しい正しくないであふれた世界だと、いかに行動するかというより、いかに暗記できるという勉学の世界観がでてきてしまう。

正解をなぞるようなことをするのではなくて、正解のない世界をひとつひとつ肌で感じて探求していく、自分なりのやり方を見つけていく、この感覚がたまらなく楽しいのです。

余白部分をメンバーに委ね、共創していく。

それを実現していくために、環境をととのえ、信頼関係を築いていく。

コミュニテマネージャーとしての面白さはここにあるのかなと思います。

 

 

最後に

本日は完全に僕の主観で書いてしまいました。

でも、このような記事こそ、僕の価値観を詰め込めたりすると思っていますので、今後もこのような記事を書いていければと思っています。

それでは、これからチガラボ登壇してきます!