”家族”というコミュニティのあり方とは?

”家族”というコミュニティのあり方とは?

こんにちは、長田(@SsfRn)です。

本日、僕がコミュニティマネージャーを務める「Wasei Salon」と、メンバーとして参加している「サイボウズ式第2編集部」のコラボ勉強会をイベントを実施しました。

 

 

今回のテーマは「これからの家族と私のあり方とは?」・

家族のこれからのあり方を、様々な視点から考えていきました。

本日はその「家族」について考えみようと思います。

 

 

家族は血縁関係でしかない?

本日、皆さん様々な視点から「家族」というものを捉えていました。

これまであった「家族」という感覚とか

シェアハウスという「家族」のあり方とか

建築視点から「家族」を考えたりとか

司会をしていた私としても、めちゃめちゃ勉強になりました。

 

そんな中とある方からでた発言がとても考えさせられたんです。

「家族は血縁関係とはいいつつも、それがフィットするかどうかはまた別の話ではないか?」

血縁関係だからこうするべきだとか

親子だからこうするべきとか

そういう話ではなく、結局血縁関係といえど、人対人のコミュニケーションで家族は成り立つということなんだなと思いました。家族という枠組みのなかでも、これまである価値観に甘んじていては、その家族の中に信頼関係は生まれないんだなと。

それって「コミュニティにも言えることなんじゃないかな」とも同時に考えたんです。つまりは、家族ってコミュニティなんだなと。

 

 

家族というコミュニティのあり方

「家族という関係もコミュニティである」

そう考えると、家族のあり方って少し変わると思うんです。

これまでの価値観であれば、「家族」という関係に甘える瞬間ってあったなと。でも、コミュニティでそれをしてしまうと、コミュニティって一瞬で崩壊してしまう。

コミュニティメンバーだから大丈夫!って考えてコミュニティ運営してしまうと、それはうまくいくはずがないんです。ということは、家族=コミュニティであれば一緒のことが言えるのかなと。

家族という関係に甘んじてしまうと、そこの関係はいつしか崩壊してしまう。

ではなく、目の前にいるひとりの子供を、ひとりの母親を、ひとりの人間として認識して、ひとりの人間として接していく。これがとても大事なのかなと思います。

 

「万引き家族」や「未来のミライ」という家族をテーマにする映画がどんどん上映されています。これもきっと、家族という考え方をアップデートしていくタイミングということを表していると思います。

「家族をコミュニティとして捉える」

この言葉が持つ意味を今一度考えていきたいなと強く思います。

 

 

最後に

正直今回考えてみたことには、正解がないんだと思います。

その人その人がその価値観を信じられたら、それがその人にとっての正解になるなと。

その人にとって家族というコミュニティがどうあればいいのか?

どうあれば納得感を持てるのか?

これはこれから家族を持つかもしれない身として、しっかり考えていきたいなと思います。

本日はこの辺りで。

それでは!

https://twitter.com/sonecco/status/1035131715214172162